本を書くということをさほど<大げさに考えてはいけない>し、
しかし、時として、<大げさに考えなくてはいけない>のです。
それは、商業出版という見地に立ってです。
商業出版とは、「自分でお金を出す」ということではないから、自分が書くことで、
商業出版してくれる会社にお金をもたらすことが出来るかということです。
そのお金をもたらすことができるという可能性に、出版社はかける、いわば投資をしてくれるわけです。
書くことをを<大げさに考えなくてはいけない>人とは、
自分になんらかの肩書きを持っている人です。
それで、生きている人です。
肩書きと、書くことは別物です。
たとえば、大手の会社の社長 、大学の先生、高等役人、大手会社の退職者など、そのような人たちに「書ける」と思っている人が多いのですが、所属している組織で、その地位を使って自分より下位者に「読むことを強制する」ような通達や論文を書くわけではないのですから、商業出版としての市場価値はないわけです。
それよりも、多くの実績を出しながら、独自の哲学で自分の人生を切り開いてきた 市井の人のモノが共感を得るし、役に立つのです。
こんな人が、書くことを<大げさに考えてはいけない>人たちなのです。
ですから、そういう人こそ書くべきで、「書けない、書く能力がない」と卑下することはないわけです。
書きたい人と、書けないと思っている人の能力が得てして逆転しているのです。
さあ、どんな肩書きもないあなたにこそ、チャンスが待ち受けているのです。












