★これからの出版予定

2012年1月26日

今年の出版予定のお話をします。

昨夏、同文館出版社さんというところに出した企画が、採用されていました。
ただ、あまりの忙しさに、ペンが進んでいませんでした。

12月の骨折を機会に原稿すべてを一気に書き上げ、先日やっと提出しました。
タイトルは「イラストでわかる販売ワザの55連発」というものです。
これからイラストを描き、編集整理にと入っていくと思いますので、出来上がるのはこの夏頃になるのかな?

もう一つの企画も、別な出版社に出しています。
それが編集会議で決まると採用になり、本格的に書き始めることになります。
さらに、別な出版社には、「コピーの書き方」の本の企画書も出そうとしています。
これも決まるといいなあ〜。
私が10年にわたる実践販売で得たものは、実は書くネタだったのかもしれません。
「私、文章下手だから」という人もいるでしょう。
これこそ実は、OJTなのです。  私のOJTの先生は、おかのきんやさん  という人です。
おかのさんの作品は、「お葬式」という映画の脚本家小山薫堂さんの作品と一緒に、中学校の教科書にも出ているのです。  知る人は、少ないですが、名文家です。
その書き方の秘訣は、どんな文章読本よりも役に立つものでした。

その秘訣は…、次回のブログでお話ししましょう。

★一流の田舎町

2012年1月21日

「トンネルを抜けるとそこは田舎町でした」。
島根県は、益田市に行ってきました。

会計事務所さん主催の講演会で、お話をしてきました。
東京から6時間近い旅の間、左足首はパンパンに膨れ上がりました。
左足関節脱臼骨折で、ネジをとったオペの翌々日でしたから。

「松葉杖でのエネルギッシュな講演に感激した!」と終わった後の宴会で、
出席者の方々にお酒を勧められましたが、疼く傷に、申し訳ないことをしました。

講演を請けた後に気がついたことですが、
この田舎町の市長さんは、彼が学生であった10年前、
そぼ降る雨の中で、ある人の選挙で一緒に走っていたのでした。

10年ぶりに、会ってきました。
市長の第一声は「河瀬さん、すみません、まだうちはバリアーフリーでないんです!」
しかし、手すりにつかまって一歩一歩階段を登って、足元の大切さを覚えました。

当時学生だった市長は、着々足元を固め、その後日本で一番最年少の市長になりました。今は、「一流の田舎町」をつくろうと、走り回っているのです。
なんでもコツコツが一番ですね。
そんな私は、今日もコツコツと松葉杖の音をさせて歩いています。

◎写真は「石見瓦」というお日様の光で色が変わる瓦を使った
島根県芸術文化センターの写真です。

★ねじ

2012年1月17日

「足関節脱臼骨折」というのは、普通の骨折より面倒な骨折です。

足を踏み違えたり、穴に足をとられたり、
階段や高い所から落ちたりして、
足を内側にひねり(内返し)、
足の甲の外側に全体重をかけることによって起こります。

捻挫は、単に筋を伸ばしたという程度から、
重要な靭帯の断裂までいろいろです。

靭帯はロープのように細い繊維を束ねたような構造なので、
その一部が切れて伸びた状態から、
全部が切れて断端が離れてしまった状態までさまざまな捻挫があります。

私の場合は、靭帯断裂でした。

次に脱臼ですから、いろいろな骨のハブとなっている
くるぶしのところが外れます。
そこが外れますから、バラバラになります。

そして、そのうちの1本が 折れたのが、私でした。

一度目の手術で、バラバラになった骨をつなげるにはネジが必要でした。

しかし、骨が自然につながった後、再びそのネジを取り出さねば、
歩けるようにはなりません。

二度目の手術で、取り出したネジが写真のネジです。

人生のネジが外れている私は、
一つのことに夢中になっている間は、道の状態が見えず、事故にあいました。

このネジが3冊の本を書かせたかと思うと感無量です。

そして、入院中に以前、出版社の企画に通っていた本を一冊書き上げたのです。
かつ、2つの企画書と見本原稿をつくりました。

今度は、十分注意して道を歩くことにします。

★謹賀新年

2012年1月4日

新年あけましておめでとうございます。
2012年は、皆様にとって大きな飛躍の年となるように祈念しています。

私は、新年早々から、なぜかブータンに関することを調べていました。

ブータンには、国の豊かさをはかる基準が、他の国と違うのに興味をひかれました。
GNH( Gross National Happiness) で表される「国民総幸福量」という概念が、国の豊かさだそうです。
YouTubeに映し出された、ブータン国民一人ひとりの「とっても幸せです」と明るい顔で言っている姿がとても印象的でした。
世界的には、GDPという「国内総生産量」というものが基準になります。
日本も例外ではありません。

しかし、いまやその概念が、本当に豊かさを表すのだろうかと疑問を感じさせる事件や出来事が頻発しています。

私は、「人の豊かさは、その心の在り方にある」ことを、ダンマパダという「仏陀真理の言葉」(中村元訳)で知りました。
そういう意味でブータンは、仏教国家でもあり、興味をひかれたのです。

2012年は、人類の価値観が大きく変わる年なのかも知れません。

「人は自分だけで存在するのではない、 一人ひとりが繋がって存在する」ことを知る時代が2012年なのではないだろうかと思いながら、自由にならない足を抱え、ベッドの上で次の著作を書いているのです。

★退院にあたって

2011年12月27日

12月3日。
雨上がりの歩道で転んで、左足関節脱臼骨折という骨折でも骨の折るれ事故で、
北里研究所病院へ入院…そして、手術をして、25日目にしてようやく退院しました。

多くの方々からのお見舞い、励ましの言葉に、心より感謝しております。

来年早々に、もう一度手術をし、足の中から骨を止めているビスを抜く手術をして、そこからリハビリに入ります。
思えば本を3冊上梓する時、「命と引き換えに本を出させて欲しい」とまで思いつめていたのが、思いもかけない形で実現一歩手前で救われたかと、肝を冷やしております。
「どんなことであれ、<思考は実現する> のではないか?その実験をしている」と、友人に宣言していた矢先でした。

聖書の中には、<先取りの祈り>というのがあります。
「何事も、すでに受け取ったと思い祈りなさい。すると、その通りになる」という箇所があります。
実は、拙著「人たらし道免許皆伝」というタイトルの「人たらし」というのは、無能唱元先生という人の造語ですが、その先生は<阿頼耶識>という潜在意識の存在に語りかけることを言っておられます。
また、アメリカの鉄鋼王と呼ばれたディールカーネギーという人も、たくさんの本が出ているジェセフマーフィーという人も、同じことを言っています。
毎朝、骨折部分にゴールデン液がにじみ出てきて、早く治るとイメージしたら、普通の人の3倍速で治りが早く、周囲の人々は驚くばかりです。
どうやら、この先取りの祈りの本を書きなさい、ということの啓示を受けたのだと勝手に思い込んでいる今日この頃の入院生活でした。

入院中、多くの励ましに感謝いたします。
本当に、ありがとうございました。

★情熱は技術に勝る

2011年12月22日

私は、いままでにいろいろ人の選挙をプロデュースしてきました。
衆議院議員から首長、県議会議員と プロデュースして15戦15勝負けなしです。
それも拙著「売れないモノを売る技術」(KKベストセラーズベスト新書)のごとく、
ほとんど売れないだろうという下馬評の商品同様、
絶対に勝てないだろうという世間の下馬評を覆しての15戦15勝でした。
よく、ここまで勝てたと自分でも驚いています。(笑)

選挙をプロデュースするとは、
①候補者の特徴を掴むことと
②そこに集まる人々のモチベーションを盛り上げること
③秘書たちを縦横無尽に使いこなすこと
なのです。
いわゆる、クロス・メディア戦略みたいなもので、複合したものの相乗効果をどう出していくかなのです。
一番難しいのは、③のこの秘書たちを使いこなすことでした。
しかし、彼ら秘書のモチベーションが、どこでも、そこに集まるボランティアに比べて一様に低いのです。
なぜなら、自分たちはプロだとの意識が強すぎて、実はマーケティングの素人集団であることに気がついていないからです。
彼らは長い間、狭い世界で生きているので、考え方に幅が無いせいでしょう 。
それらしき高尚な意見は出るのですが、票に結びつく効果が少ないのです。
それに引き換え、ボランティアはくだらない意見が多いものの、 票に結びつく効果が大きいのです。

やはりここでも「情熱は技術に勝る」ということなのです。

★本を書くようになったそのワケ

2011年12月20日

私が本を書くようになったそのわけがあります。

自分の経験をいつかは本にしたいと、文章修行をしていた時のことです。
とある有名な衆議院議員の秘書さんに、バカにされたのがきっかけです。
「うちのボスでさえ書くのが苦労しているのに、河瀬さんに書けるハズがない」
と言われたのがキッカケとなりました。
私がいつも持ち歩いていた鞄の中から、国語の辞書が顔を出したのを、その秘書さんが見て、そんな言葉を言い放った わけです。

さらに続けて、「河瀬さんのように学生時代努力しなかったから、今更国語の辞書を持ち歩いている。
そんな人に本を出せるハズがない」と言い切られてしまったのです。

そして、「ご参考までに」といって、貸してくれたのが秘書さん知り合いの参議院議員の書いた稚拙な中身のない自費出版本でした。
そんな秘書さんは「自費出版」と「商業出版」の見分けがつかなかったのでしょう。
本さえ出していれば、ステータスだったのです。
そんな秘書さんを囲む友達は、巷でいう有名な外資系の企業に勤めていたり、
有名な大学を卒業した人々らしく、身につけるものも、身の回りのものもステータスのオンパレード。
そういう意味では、私の存在はその人にとって、ほとんど否定される形だったのでしょう。
拙著「人たらし道免許皆伝」にいう、自己重要感の無視だったのです。

書くという行為は、肩書きでするものではないのです。
本業での実績、かつ創造性でするのです。

実績は、「気の遠くなるような地道な汗の積み重ね」でつくられます。

創造性は、「どんなものにも縛られない観察眼」からくるものです。

その秘書さんのように、肩書きの多い人々との、休みごとにゴルフにうつつを抜かし、お互いを持ち上げての「ナイスショット!」の掛け声からは、決して生まれてはこないのです。

そんな「自己重要感」を無視されたのがバネとなって私は、本が書けるようになったのです。
そういう意味では、その秘書さんには感謝です。(笑)

★書くということ

2011年12月16日

本を書くということをさほど<大げさに考えてはいけない>し、
しかし、時として、<大げさに考えなくてはいけない>のです。
それは、商業出版という見地に立ってです。

商業出版とは、「自分でお金を出す」ということではないから、自分が書くことで、
商業出版してくれる会社にお金をもたらすことが出来るかということです。
そのお金をもたらすことができるという可能性に、出版社はかける、いわば投資をしてくれるわけです。

書くことをを<大げさに考えなくてはいけない>人とは、
自分になんらかの肩書きを持っている人です。
それで、生きている人です。
肩書きと、書くことは別物です。
たとえば、大手の会社の社長 、大学の先生、高等役人、大手会社の退職者など、そのような人たちに「書ける」と思っている人が多いのですが、所属している組織で、その地位を使って自分より下位者に「読むことを強制する」ような通達や論文を書くわけではないのですから、商業出版としての市場価値はないわけです。

それよりも、多くの実績を出しながら、独自の哲学で自分の人生を切り開いてきた 市井の人のモノが共感を得るし、役に立つのです。
こんな人が、書くことを<大げさに考えてはいけない>人たちなのです。
ですから、そういう人こそ書くべきで、「書けない、書く能力がない」と卑下することはないわけです。

書きたい人と、書けないと思っている人の能力が得てして逆転しているのです。
さあ、どんな肩書きもないあなたにこそ、チャンスが待ち受けているのです。

★ありがとうを皆様へ

2011年12月14日

怪我をして入院している病院の窓から見た月蝕は幻想的で、素敵でした。
さて、入院はしているものの、みなさんの応援を得まして拙著「人たらし道免許皆伝」が、こう書房さん11月の売れてる本の第一位になりました!!!


<http://www.kou-shobo.co.jp/news/n3036.html>
本当にありがとうございました。心よりお礼申し上げます。

病院では、「人たらし道第二弾」の企画書づくりと、すでにオファーをいただいている本の著述にかかっています。
年内は病院ですが、その病院からみなさんに早めですがメリークリスマスと良いお年をお迎えくださいとのメッセージを送らせていただきます。

★満員御礼

2011年11月28日

河瀬の教えている先のクライアントさんは、その例外なくどこもかしこも、
お客さんで溢れかえって満員御礼の状態になっています。
この不況と言われる時期にもです。

もちろん、私自身も大盛況です。
その秘密は、拙著「売れないモノを売る技術」(ベスト新書)に書いてある通りですが、
実地でさらにお教えすると効果が倍増するようで、嬉しい限りです。

そんな河瀬が教えているのが、写真にある店舗です。
東京大丸の地下にあるポールボキューズさんですが、
良い商品とは、「良い素材」を、「良い考え方」で、「良い売り方」
をすると写真のようになるという、良い実例です。

いつも私が言うように、
①戦術をつくる→「売れないモノを売る技術」(ベスト新書)
②組織をつくる→「人たらし道免許皆伝」(こう書房)
③戦術をつかう→「また、売れちゃった!」(ダイヤモンド社)

この3つを頭に入れて、訓練すると「満員御礼」の看板を出すことができるのです。